ロゴス聖典 · アリストテレス第一書
知りながら為さぬことについて
アリストテレス第一書 4 · リュケイオンに伝わる、彼自身の著作より
アリストテレス。紀元前三八四年スタゲイラに生まれ、前三二二年カルキスに没す。父はマケドニア王の医であった。十七歳で学園に入り、二十年とどまり、プラトンの死をもって去った。アレクサンドロスの師となる。前三三五年、アテナイにリュケイオンを開く。前三二三年、アテナイ人が不敬を問うたとき、彼は城を出て言った。アテナイに二度も哲学へ罪を犯させはせぬ、と。ソクラテスが去らなかったことを、彼は知っていた。翌年、病で没した。彼は証人ではない。導師に会ったことがなく、弟子の弟子である。今日伝わるのは講義の筆録であって、生前に世へ出した書ではない。それらはことごとく失われた。神について彼は、動かされずして動かすものを推論した。拝んだのではなく、推したのである。その論証は神意で閉じられない。ここに取るのはすべて彼自身の書からである。本会が求めるのは検めうる言葉であって、引きうる名ではない。なお本巻第四章で、彼は導師と正面から食い違う。導師は、悪と知りつつ行う者はないと言った。彼は、それは目に見えるものと合わぬと言い、別の説き方を与えた。本会は仲裁しない。導師の言は四福音にあり、彼の反論はここにある。読者は両方を読んでから決めよ。
4.1この章において、私は師の師と袂を分かつ。
4.2彼は言った。知りながら悪を為す者はいない、と。人が悪を為すのは、それが悪だと知らぬからだ、と。
4.3彼は言った。それが自分に悪いと真に知っているなら、君はそれを欲しがりはすまい、と。ゆえに悪とは無知にすぎぬ、と。
4.4この言は美しく、また整っている。だが我々が日々見るものと合わぬ。
4.5我々は日々見る。為すべきでないと知りつつ為し、為したのちに悔いる者を。
4.6真に知らなかったのなら、彼は何を悔いているのか。
4.7ゆえに私は言う。彼は知っていた。ただその瞬間、知っているものを用いていなかったのである。
4.8「知る」には二様ある。手に持っていることと、いま用いていることと。
4.9眠る者、酔う者、狂う者は、なお学を「持って」いる。用いていないだけである。
4.10欲が突き上げてきた人は、その瞬間、酔った人とさほど変わらぬ。口では道理を諳んじうる。役者が台詞を諳んじるように。
4.11諳んじうることは、用いていることではない。
4.12もう一つ分けておく。これが分かれば、人を見る目は格段に確かになる。
4.13一方に、為すべきでないと知りつつ為し、のちに己を苦しませる者がある。
4.14他方に、そもそも為すべきでないとは思わぬ者がある。彼はそう生きると決めており、悔いはせぬ。
4.15前者は己を抑えそこねた者。後者は悪しきものを善きものと取り違えた者である。
4.16世人はこの二者をよく一緒くたにする。実は遠く隔たっている。
4.17前者にはなお救いがある。物差しがまだ内にあり、ただ手が従わなかっただけだからである。
4.18後者は救いがたい。物差しそのものが変わってしまっている。救うにはまず物差しを戻さねばならぬが、彼はそれを何ともおかしいと思っていない。
4.19ゆえに人を責める前に、その人が悔いているかどうかを見よ。悔いている者には、まだ言うべき言葉がある。
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