ロゴス聖典 · アリストテレス書

中庸について

アリストテレス書 2 · リュケイオンに伝わる、彼自身の著作より

彼は証人ではない。導師に会ったことはなく、弟子の弟子である。この巻は彼の生涯を記さず、彼が自らの書に書いたものだけを取る——修道会が求めるのは、検めうる言葉であって、引用しうる名ではない。

2.1いかなる徳も、二つの極の間にある。
2.2勇気は無謀と臆病の間にあり、寛厚は浪費と吝嗇の間にある。
2.3不足は悪であり、過度もまた悪である。中こそが徳である。
2.4だが中とは算術の中ではない。
2.5十斤が多すぎ二斤が少なすぎるとして、教練は皆に六斤を課しはしない。力士に適うものが初学者に適うわけではない。
2.6中庸とは「あなたにとっての中」であって、万人に同じ数ではない。
2.7我が二人の先達が彩色柱廊の下でこれを争ったことは知っている。(参 使徒行伝 5)
2.8一人は言った。何一つ要さぬことこそ至高の主権である、と。
2.9一人は言った。世の甘さを味わい、そのいずれにも奴とならぬ、と。
2.10私は言う。二人が争っていたのは道理ではない。量である。そして量は人によって異なる。
2.11あの老女は正しかった。彼はどれだけ取るべきかを教えなかった。(参 使徒行伝 5.15)
2.12私は一つ加える。教えなかったことは、求めえぬことを意味しない。どれだけかは、判断を学びうる。ゆえに徳は運ではなく、技である。
2.13ただし一つ明言せねばならぬ。すべてに中庸があるのではない。
2.14裏切りに適量はない。殺人に中間の数はない。
2.15「何事もほどほどに」をその類の事に当てはめる者は、中庸を求めているのではない。言い訳を探しているのである。
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