ロゴス聖典 · アリストテレス書
習について
アリストテレス書 1 · リュケイオンに伝わる、彼自身の著作より
彼は証人ではない。導師に会ったことはなく、弟子の弟子である。この巻は彼の生涯を記さず、彼が自らの書に書いたものだけを取る——修道会が求めるのは、検めうる言葉であって、引用しうる名ではない。
1.1徳は生まれつきではない。
1.2生まれつきが徳を拒むのでもない。生まれつきが与えるのは、習を形づくりうる余地だけである。
1.3石は下へ落ちる。一万度上へ投げても、上がることを学びはしない。
1.4人は石ではない。人は形づくられうる。
1.5建てる者は建てることによって建てる者となり、竪琴を弾く者は弾くことによって弾く者となる。
1.6同じく、正しい人は正しい行いによって正しい人となり、節制ある人は節制ある行いによって、勇気ある人は勇気ある行いによってそうなる。
1.7徳が先にあって行いが後ではない。行いが先にあって、徳が後である。
1.8ゆえに幼少よりいかなる習を形づくるかは、小さな違いではない。すべての違いである。
1.9ある者が問う。私はまだ正しくない。ならばどうして正しい行いができようか、と。
1.10私は答える。まず、正しい人ならするであろうことをせよ。長く続ければ、もはや真似ではなくなる。
1.11我が師の師は言った。吟味されざる生は、生きながらの死である、と。(参 盟約 1.1)
1.12私は一つ加える。吟味したのちに一日も改めぬ者は、なお吟味していない。(参 会規 1.2)
1.13何を信じているかは、何をするかに現れる。何を言うかには現れない。
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