ロゴス聖典 · セネカ書
怒りについて
セネカ書 3 · ローマに伝わる、その書簡と論稿より
セネカの言は多く公理に適う。その行いは、必ずしも適わなかった。第五章は本人の自陳である。本巻は適わぬところを残し、覆い隠さない。
3.1怒りに用があるか、と君は問う。
3.2他の情ならば幾らか弁じてやれる。怒りについては何も言えぬ。
3.3恐れは人を火から退かせる。それには用がある。愛は人を留まらせる。それにも用がある。
3.4怒りがなすのはただ一つ。最も見えぬときに、最も速く手を出させることだ。
3.5怒るとき人は自分を強いと感じる。じつはその時こそ最も操られやすい。
3.6人を損ないたければ、欺くには及ばぬ。怒らせればよい。
3.7怒らぬのは無力ではないか、と言う者がいる。
3.8私は言う。手を留めた者は、打った者にないものを一つ持っている——翌日がまだある。
3.9怒りは何よりも正義の名の下に宿りたがる。人は言う、これは義憤だ、と。
3.10終わったときになお義であった義憤を、私は見たことがない。
3.11怒りが乗っているあいだは何も定めるな。その手紙を書くな。その一言を言うな。
3.12一夜おいて見よ。一夜おいてなお言うつもりなら、それは怒りではない。判断である。
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