ロゴス聖典 · プラトン第一書
向き直ることについて
プラトン第一書 2 · 洞と光について。学園に伝わる、その『国家』より
『国家』より。プラトン五十歳頃の著、全十巻。正義とは何かという一問に始まり、答えるうちに一つの都市の図となり、さらに知の説となる。洞窟は第七巻にある。本巻が取るのは洞窟の一連のみ。下り、向き直り、上り、還ること、そして見ることを可能にするもの。その人については、プラトン福音を見よ。ここに記されるのは彼の四十歳から七十歳まで。第四章で彼は自ら前後の食い違いを述べ、古い説を削らない。「善」と言うところ、本経はこれを小さく取る。万物をそれぞれのものたらしめ、みずからは万物の中にないもの、と。
2.1さて、その一人の鎖を解き、立たせて、振り向かせよ。
2.2そのどれもが痛い。
2.3首が痛む。何十年も回したことがないからだ。
2.4目が痛む。火は影より明るいからだ。
2.5今のほうがよく見えるかと問えば、彼は否と言うだろう。
2.6前ははっきり見えていた。今はすべてがぼやけている、と言うだろう。
2.7見慣れたあの壁のほうへ、向き直りたいとさえ思うだろう。
2.8ここに大事な一言がある。グラウコンよ、よく聞け。
2.9人を教えるとは、盲いた眼窩に視力を入れてやることではない。
2.10目はもとからある。彼は一生それを持っていた。
2.11動かすべきは目ではない。その人全体がどちらを向いているか、である。
2.12ゆえに教えるとは注ぎ込むことではない。向き直らせることである。(参 至高の盟約 1.2)
2.13注ぎ込まれるのは他人がしてくれること。向き直るのは自分で食う痛みである。
2.14「分からせてもらった」と言って少しも痛まぬ者は、向き直ってはいない。壁を替えただけである。
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