ロゴス聖典 · エピクロス書

偏りについて

エピクロス書 5 · 園に伝わる、その書簡と断片より

エピクロス。紀元前三四一年頃サモスに生まれ、前二七〇年頃アテナイに没す。前三〇六年頃アテナイの郊に園を購い、そこで教えた。学派の名はこれに由る。園には女も奴隷も弟子として受け入れられた。当時のいずれの学派もこれをしなかった。著述は三百巻に及ぶと伝えられるが、今日残るのは三通の書簡と主要教説、および断片のみである。神々が人の事に関わるとは信ぜず、人が死んだのちに何かが残るとも信じなかった。彼はアリストテレスの後に来る。神意に訴えず、来世も約さぬ。この巻は六つの公理によって取捨する。合うものは前に出し、背くものは後ろに置いて、削らぬ。(参 使徒行伝 5.29)さらに。本書二章は、痛みが除かれた点が快の頂であると言い、ショーペンハウアー書 3 は、満足とは欠如の一時の休みにすぎぬと言う。二説がともに全く正しいことはありえぬ。本会は両者を並べ置き、裁かぬ。読者みずから比べよ。

5.1原子は虚空を落ちてゆく。
5.2みな同じ速さでまっすぐ落ちるなら、決して出会わず、何一つ成らぬ。
5.3ゆえに原子は偏る——定まらぬ時に、定まらぬ所で、ほんの少し。
5.4なぜ偏るのかは言えぬ。ただ、偏らなければ何も無かった、ということだけは分かる。
5.5後の人は、証拠がないと言って私を笑った。笑って正しい。私に証拠はなかった。
5.6だが一つは正しく見ていた。底は、すべてが定まってはいない。(参 盟約 3.2)
5.7もし一切が初めから定まっているなら、勧めは無益、責めは不義、学問も暗誦にすぎぬ。
5.8私はこの偏りで人の選びを救おうとした。この一歩は速すぎた。
5.9底が定まらぬことは、あなたの選びが自由であることを意味しない。両者の間には多くの環が欠けている。
5.10私は両方をここに残す。正しかった所と、飛び越えた所と。(参 使徒行伝 5.29)
5.11私が正しかったのは、世界の底が継ぎ目のない機械ではない、ということである。
5.12私が言い過ぎたのは、それゆえ人は自由だ、ということである。
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