ロゴス聖典 · スピノザ書
情を線と面のごとく見ることについて
スピノザ書 3 · レンズ研磨の合間に著す、その『エチカ』と書簡より
バールーフ・スピノザ。一六三二年アムステルダムに生まれ、一六七七年ハーグに四十四歳で没す。レンズを磨いて生計を立て、生涯学職に就かなかった。ハイデルベルクが教授職を申し出たが、言いたいことを言う自由を失うことを恐れて辞退した。『エチカ』は幾何の仕方で書かれている。定義、公理、命題、そして証明の終わりの印。刊行は没後である。本巻が拠るのは彼自身の書いたものであって、他人の記録によらない。その紙面は神の語で満ちているが、その神は意志を持たず、目的を持たず、祈りを聞かない——序巻の言う「神は律である」がそれである。ゆえに論証を神意で閉じぬという要求は彼を拒めない。彼こそそれを最後まで押し通した者である。彼こそその則を最後まで押し通した者である。もう一つ、彼自身の筆によらぬ事を本会は記す。二十四歳のとき、彼は自らの共同体から最も重い呪詛をもって追放され、生涯戻されなかった。第六章を本会は散の公理の下に読む。難と稀とは同じ一つの源から出る。
3.1人の心について書く者の多くは、記しているのではない。叱っているのである。
3.2彼らは情を本性の欠陥とし、あるいは本性の外のものとし、そして嘆き、嘲り、呪う。
3.3私はそうしない。
3.4私は憎しみ、怒り、妬み、愛を、幾何学者が線と面と立体を調べるように調べる。
3.5それらもまた自然の一部であり、同じ必然に従って生ずる。
3.6怒る人は己の本性に従って怒る。石が己の本性に従って落ちるのと同じである。
3.7ゆえに私はこれを生涯の規と定めた。
3.8嘲らず、嘆かず、呪わず、ただ理解すること。
3.9ある者は言う。それでは何もかも許すことになるのでは、と。
3.10止めるべきは止める。裁くべきは裁く。
3.11だが止める前に、なぜそうなのかを知れ。
3.12ただ罵るなら、君が扱っているのは自分の怒りであって、その事ではない。
3.13罵ったあと君は少し楽になり、事はそのままそこにある。
3.14理解したあと君は楽にならぬかもしれぬ。だが手には、前になかったものが一つある。
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