ロゴス聖典 · スピノザ書

神すなわち自然について

スピノザ書 1 · レンズ研磨の合間に著す、その『エチカ』と書簡より

この人は自ら書いた。その紙面は神の語で満ちているが、その神は意志を持たず、目的を持たず、祈りを聞かない——序巻の言う「神は律である」がそれである。ゆえに第三則は彼を拒めない。彼こそその則を最後まで押し通した者である。もう一つ、彼自身の筆によらぬ事を本会は記す。二十四歳のとき、彼は自らの共同体から最も重い呪詛をもって追放され、生涯戻されなかった。

1.1私が「神」という語を用いるとき、気をつけよ。
1.2天上に座し、意志を持ち、怒り、祈りを聞く、あの者のことではない。
1.3私が言うのは、在るところのすべてと、それがそうであらざるをえない必然のことである。
1.4神すなわち自然。一つのものの二つの名である。
1.5ある者は言う。ならば君は神なき者だ、と。
1.6古人がすでに言った。神は律である、と。(参 序巻 1.7)私はそれを最後まで押し通したにすぎぬ。
1.7神は選ばぬ。神は選びえぬ。選ぶには、まず何かを欠き、次にそれを欲さねばならぬ。
1.8欠くことも欲することも、我らの事であって、彼の事ではない。
1.9ゆえに「神はなぜこれを起こさせたのか」と問うのは、問い方が誤っている。
1.10その問いには「ために」が隠れている。自然に「ために」はない。
1.11石は落ちるために落ちるのではない。石であり、世界がこの世界であるがゆえに落ちる。
1.12ある者は言う。ではこの世は冷たくなるではないか、と。
1.13私は言う。冷たくはない。君がかつて敬っていたのは、心変わりする主であった。今君が向き合うのは、心変わりせぬものである。
1.14心変わりする者は、機嫌を取るほかない。心変わりせぬものは、知ることができる。
1.15知るほうが、機嫌を取るよりよい。違いはそれがすべてである。
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