ロゴス聖典 · ルクレティウス書
あの鏡について
ルクレティウス書 2 · 自著。六巻の長詩より
ルクレティウス。紀元前九九年頃に生まれ、前五五年頃に没したローマの詩人。その『事物の本性について』は六巻、およそ七千四百行に及び、ラテン語で書かれた最も長い論証の詩である。その生涯はほとんど確かめようがなく、この二つの年すら後人の推定である。本巻が拠るのは彼自身の書いたものである。六巻の詩であり、この経のうち巻が詩であるのはルクレティウスだけである。頌の第六は言う。歌う者がなければ、我々は正しく信じてなお動かぬ、と。本書第一章は、彼自身がなぜ詩で書いたかを述べたところである。それは頌六の問いそのものであり、実際にそれを為した当人が答えている。彼が説くのはエピクロスの教えである(参 エピクロス書)。だが第二章のあの鏡は彼のものであって、エピクロスのものではない。エピクロス書にこの一条が無いのは、エピクロスが言わなかったからである。彼の生涯についてはほとんど何も確かめられぬ。さらに。この詩の末尾はアテナイの疫病であり、容赦なく書かれ、そこで断ち切れ、慰めの一句もない。未完だという者もある。本会はこれを削らず、彼に代わって書き足しもせぬ。
2.1君は死を恐れている。鏡を一つ掲げてみせよう。
2.2君が生まれる前に、途方もなく長い一続きの時があった。
2.3その一続きに君は無かった。多くのことが起こり、幾多の戦があり、多くが死んだ。君はその一つも知らぬ。
2.4さて考えてみよ。その一続きの時は、君を苦しめるか。
2.5苦しめぬ。君はそれを考えたことすらなかった。
2.6その一続きこそ、自然が君に掲げて見せる鏡である。
2.7そこに映るのは、君が死んだのちの一続きである。
2.8二つは同じである。どちらも君の無い時である。
2.9前の一続きで苦しまぬ君が、何を根拠に後の一続きで苦しむのか。
2.10ある者は言う。同じではない。後のほうは、私が失うものだ、と。
2.11私は問う。ではその失った当人は、どこにいるのか。
2.12苦しむには、そこに苦しむ者がいなければならぬ。死後にその者はいない。
2.13今の君の苦しみは本物である。だが君が苦しんでいるその当の事の中には、何かを受けている君はいない。
2.14君は今生きている自分をもって、もういない自分のために恐れているのである。
2.15君はさらに、そっと傍らに一対の目を残している。自分が横たわるのを見、家の者が泣くのを見る目を。
2.16その一対もまた生きている。それも取り去れば、残るものの中に恐るべきものは無い。
2.17私は君を恐れぬようにはできぬ。ただこの鏡を君の前に掲げ、自分で見てくれと頼むだけである。
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