ロゴス聖典 · 頌
律がそもそも在ること
頌 1 · 会衆が声を合わせて誦する辞
この巻に著者はなく、あるべきでもない。声のために作られている。声に出して読め。できれば皆で声を合わせて読め。この巻は祈らぬ。この経には祈るべき者が一人もいない——信じられているのは律であり、律は祈りを受け取らぬ(参 序巻 1.7)。だが祈らぬことは、謝さぬこと、讃えぬこと、驚かぬことと同じではない。この巻はその三つだけを記す。この巻をもって、いかなる位格にであれ願い求める者は、これを誤って用いている。六つの頌にはそれぞれ末句があり、末句は皆で声を合わせて言う。この巻の十二の頌は二つに分かれる。初めの六つは謝であり、讃であり、驚きであって、特定の折のためではなく、会衆が声を合わせて誦する。後の六つはそれぞれ六つの公理の一つに掛かり、日々のある一事のために作られている。自らが見えぬ日。二人が同じ一時を違えて語る日。一つを諦めた日。誰かが去った日。手の届かぬことのために嘆いた日。これが最後だと知った日。その日に合う頌を取れ。これらは一人で誦してもよい。
1.1万物は流れる。我々はここに立って見ている。
1.2我々がまず言うべきは、万物がどう流れるかではない。
1.3そもそも一つの型に従って流れている、ということである。
1.4石が落ちる。昨日もそう、今日もそう。ここでもそう、最も遠い場所でもそう。
1.5これはそうでなくてもよかった。
1.6律のない世界を思い描くのに労はいらぬ。今日の火が明日は熱くなく、ここの水があちらでは流れぬ世界。
1.7そのような世界には、問いうるものは育たぬ。
1.8我々はその世界にいない。我々はこの世界にいる。
1.9しかも律があるだけではない。律の中に幾つかの数が嵌め込まれている。
1.10その数がどこから来たのか、我々は知らぬ。少し動かせば、星は星でなく、炭は炭でなく、君と私も君と私でなくなる。
1.11なぜ他ならぬこの数なのか、我々は知らぬ。
1.12ある者は言う。誰かが定めたのだ、と。
1.13我々はそれを言わぬ。そのような者はいないと決めたからではない。
1.14知らぬからである。知らぬことを知っていると言うことを、我々は自らに許さぬ。(参 会規 9.17)
1.15我々が言うのは、確かにその中に立っている一事だけである。
1.16律があり、しかも我々にそれが読める。この二つが重なっていることは、我々の知るうちで最も不思議なことである。
1.17これに対して我々は襟を正す。
1.18我々は聞かれることを求めぬ。語るのは、覚えているためである。
ロゴス聖典 →
中文 English 日本語 Español Français Deutsch