ロゴス聖典 · アウレリウス書

その意見を抱かずにおけることについて

アウレリウス書 7 · 自省録。自ら書けるも、読まれるために書かれたるにあらず

マルクス・アウレリウス。一二一年ローマに生まれ、一八〇年ドナウ河畔の陣中に没す。一六一年より十九年のあいだ皇帝であり、その間は疫病と水害と辺境の戦が絶えず、その多くを陣営で過ごした。手記はギリシア語で書かれ、十二巻ある。本巻が拠るのは彼自身の書いたものである。だが公にするために書いたのではない。これは手記である。陣中で、夜に、自分のために書かれた。題も付けず、読まれるつもりもなかった。ゆえに繰り返しが多く、自らを説き伏せる言葉が多い。本会は一つも削らぬ——それこそこの巻の用である。これは君に説かれているのではない。一人の人が仕事にかかっているところを見せられているのである。彼は当時、地上で最も権力ある人であった。この経にはもう一人、奴隷がいる(参 エピクテトス書)。二人の言うところはほとんど同じ一事である。本会は、この一点のほうが二人それぞれの言葉より注目に値すると考える。一つの道理が、最も下からと最も上からと、二度試されたのである。第六章が肝要である。彼の書は神に満ちているが、一度も神で論を閉じない——「摂理か、原子か」と置き、両方を計算し、同じ結論に至る。本会が彼を取るのは、まさにその点である。

7.1人がたいてい、自分にできると知らずにいる事が一つある。
7.2その意見を抱かずにおくことができる。
7.3事が君の前に来る。それ自体には、君にどう受け取らせるかを強いる力はない。
7.4その上に一句を足したのは君である。これは悪い、と。
7.5その一句は君のものである。足せば痛み、足さねば痛まぬ。
7.6君は言う。それは自らを欺くことではないか、と。
7.7違う。事は依然としてその事である。私はただ、検めていない判断を付け足すのを控えているだけである。
7.8「私は害された」——この一句を取り除けば、その害は無くなる。
7.9こう言うのは、事を放っておけという意味ではない。為すべきことは為せ。
7.10二つを分けておけ、と言うのである。為すことは君の分であり、苦しみの多くは君が足したものである。
7.11ここからもう一事が育つ。
7.12道を塞ぐものが、道そのものになる。
7.13ある事が君の為そうとしたことを妨げたなら、その事そのものが許すことのほうを為せ。
7.14火は投げ込まれたものを何でも燃やし、その薪によっていっそう高くなる。
7.15灯はそうならぬ。灯はただ消される。
7.16火であれ。灯であるな。
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