ロゴス聖典 · アウレリウス書
紫に染まらぬことについて
アウレリウス書 5 · 自省録。自ら書けるも、読まれるために書かれたるにあらず
マルクス・アウレリウス。一二一年ローマに生まれ、一八〇年ドナウ河畔の陣中に没す。一六一年より十九年のあいだ皇帝であり、その間は疫病と水害と辺境の戦が絶えず、その多くを陣営で過ごした。手記はギリシア語で書かれ、十二巻ある。本巻が拠るのは彼自身の書いたものである。だが公にするために書いたのではない。これは手記である。陣中で、夜に、自分のために書かれた。題も付けず、読まれるつもりもなかった。ゆえに繰り返しが多く、自らを説き伏せる言葉が多い。本会は一つも削らぬ——それこそこの巻の用である。これは君に説かれているのではない。一人の人が仕事にかかっているところを見せられているのである。彼は当時、地上で最も権力ある人であった。この経にはもう一人、奴隷がいる(参 エピクテトス書)。二人の言うところはほとんど同じ一事である。本会は、この一点のほうが二人それぞれの言葉より注目に値すると考える。一つの道理が、最も下からと最も上からと、二度試されたのである。第六章が肝要である。彼の書は神に満ちているが、一度も神で論を閉じない——「摂理か、原子か」と置き、両方を計算し、同じ結論に至る。本会が彼を取るのは、まさにその点である。
5.1私にしか言えぬことを一つ言う。
5.2私はこの座に坐っている。万人の命が私の手にある。
5.3この座は人を悪く染める。染まりは遅く、当人には見えぬ。
5.4ゆえに私は日々自らに一句を思い出させる。気をつけよ、皇帝になるな。紫に染まるな。
5.5皇帝になるとはどういう姿か。
5.6耳に逆らう言葉が聞けなくなること。人の従順を己の正しさと取り違えること。規は他人のためにあると次第に感じてくること。
5.7そういう人を私は見てきた。一日でそうなるのではないと知っている。
5.8私の用いる法が幾つかある。ここに記す。
5.9一、自らの手で為す。自分にできることは、人に代わってもらわぬ。
5.10二、褒められるのを待たぬ。事を終えたら、人の顔色を見に行かぬ。
5.11三、面と向かって私に逆らう者を幾人か身近に置く。そういう人はきわめて得がたい。得たなら守れ。
5.12四、日々一度考え通す。私は他の人々と同じものである。ただ染めた衣を着ているだけである。
5.13ある者は言う。そう思うなら、なぜ座を譲らぬのか、と。
5.14譲る者は、より進んで染まりたがる者に荷を渡すだけだからである。
5.15私がここに留まるのは、これもまた私の分だからである。私が私の分を為すことと、靴屋が己の分を為すこととは、同じ一つの行いである。
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