ロゴス聖典 · 頌
君が諦めたその一つのために
頌 9 · 会衆が声を合わせて誦する辞
この巻に著者はなく、あるべきでもない。声のために作られている。声に出して読め。できれば皆で声を合わせて読め。この巻は祈らぬ。この経には祈るべき者が一人もいない——信じられているのは律であり、律は祈りを受け取らぬ(参 序巻 1.7)。だが祈らぬことは、謝さぬこと、讃えぬこと、驚かぬことと同じではない。この巻はその三つだけを記す。この巻をもって、いかなる位格にであれ願い求める者は、これを誤って用いている。六つの頌にはそれぞれ末句があり、末句は皆で声を合わせて言う。この巻の十二の頌は二つに分かれる。初めの六つは謝であり、讃であり、驚きであって、特定の折のためではなく、会衆が声を合わせて誦する。後の六つはそれぞれ六つの公理の一つに掛かり、日々のある一事のために作られている。自らが見えぬ日。二人が同じ一時を違えて語る日。一つを諦めた日。誰かが去った日。手の届かぬことのために嘆いた日。これが最後だと知った日。その日に合う頌を取れ。これらは一人で誦してもよい。
9.1心の中に長年しまってあるものがあり、ずっと痛んでいる。
9.2私が行かなかった、あの一つの道である。
9.3しばしば振り返って見る。長く見るほど、当時の自分が愚かに思える。
9.4もう少し利口で、もう少し力を尽くしていれば、両方とも手に入ったはずだと思っていた。
9.5経に言う。何処に在るかを問う者は何処へ行くかを失い、何処へ行くかを問う者は何処に在るかを失う。二つは兼ね得ぬ。(参 至高の盟約 3.1)
9.6また言う。人が愚かなためではない。天がそう成しているのである。(参 至高の盟約 3.2)
9.7この一句を三度唱える。
9.8私が愚かだったのではない。許されていなかったのである。
9.9倍の力を用いても、一端がより明らかになり、他端がより濁るだけである。費やしたもので両端は買えぬ。(参 至高の盟約 3.3)
9.10ゆえにあの年、私は失敗したのではない。代価を払ったのである。
9.11是非のない事がある。あるのは代価だけである。(参 至高の盟約 3.5)
9.12今日、私はそれを心から取り出し、卓に置いて、しっかりと見る。
9.13それは善きものであった。得るに値した。私は得られなかった。
9.14この三句は同時に真でありうる。同時に真であってよいとは、私は知らなかった。
9.15「あの時の私は誤っていたのか」とはもう問わぬ。代わりに問う。これは誰が払ったのか。払うに値したのか。(参 至高の盟約 3.6)
9.16我々は聞かれることを求めぬ。語るのは、覚えているためである。
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