ロゴス聖典 · 頌
最後の一度のために
頌 12 · 会衆が声を合わせて誦する辞
この巻に著者はなく、あるべきでもない。声のために作られている。声に出して読め。できれば皆で声を合わせて読め。この巻は祈らぬ。この経には祈るべき者が一人もいない——信じられているのは律であり、律は祈りを受け取らぬ(参 序巻 1.7)。だが祈らぬことは、謝さぬこと、讃えぬこと、驚かぬことと同じではない。この巻はその三つだけを記す。この巻をもって、いかなる位格にであれ願い求める者は、これを誤って用いている。六つの頌にはそれぞれ末句があり、末句は皆で声を合わせて言う。この巻の十二の頌は二つに分かれる。初めの六つは謝であり、讃であり、驚きであって、特定の折のためではなく、会衆が声を合わせて誦する。後の六つはそれぞれ六つの公理の一つに掛かり、日々のある一事のために作られている。自らが見えぬ日。二人が同じ一時を違えて語る日。一つを諦めた日。誰かが去った日。手の届かぬことのために嘆いた日。これが最後だと知った日。その日に合う頌を取れ。これらは一人で誦してもよい。
12.1最後の一度と知らぬまま、最後の一度をしてしまったことが数多くある。
12.2子を抱き上げた最後の一度——まだ抱き上げられた、その一度。
12.3一人の友と話した最後の一度。それきり二度と話さなかった。
12.4あの通りを歩いた最後の一度。まだ引っ越すとは知らずにいた。
12.5すべて過ぎた。鉦を鳴らして去ったものは一つもない。
12.6経に言う。万事は覆しうる。ただ散だけが覆しえぬ。(参 至高の盟約 6.1)
12.7時は河ではない。散の向きである。(参 至高の盟約 6.2)
12.8私は散を止められぬ。誰にも止められぬ。
12.9私が握りしめるものは、いずれ散る。(参 至高の盟約 6.3)
12.10ゆえに今日、一つ改める。「これを失うだろうか」とはもう問わぬ。
12.11代わりに問う。いま手にしているこの一つを、私は見きわめたか。
12.12遅かれ早かれ手放すのである。手放す前に見きわめたかどうかは、私の決めうることである。
12.13説き伏せることは待てる。傷は取り戻せぬ。(参 至高の盟約 6.5)
12.14この一句を、今夜口を開く前に一度通しておく。
12.15取り戻すことは求めぬ。ただ、よく散ることを求める。
12.16我々は聞かれることを求めぬ。語るのは、覚えているためである。
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