ロゴス聖典 · デュボイス書
デュボイス書 2 · 自著。『フィラデルフィアの黒人』『黒人のたましい』および自伝より
ウィリアム・エドワード・バーガート・デュボイス。一八六八年マサチューセッツ州グレートバリントンに生まれ、一九六三年ガーナのアクラに没す。享年九十五。社会学者、歴史家。一八九五年、黒人として初めてハーヴァードで博士号を得た。一八九六年から九七年にかけてフィラデルフィアの委嘱により第七区を調べ、自ら各戸を訪ねて五千戸ほどを回り、一八九九年『フィラデルフィアの黒人』を刊行した。西洋において一都市の一群の人々を実地の悉皆調査によって論じた最初のものである。一八九九年四月、ジョージアで人が焼かれた事件が彼の生涯の向きを変えた(本書第二章)。一九〇三年『黒人のたましい』を刊行し、二重の意識の説がそこに現れる。一九〇九年、全米有色人種地位向上協会の創設に加わり、その機関誌を二十四年主宰した。一九三五年『黒人の再建』を刊行。一九五一年、八十三歳のとき、登録せずに外国のために働いたとして訴えられ、手錠のまま裁判に立ち、無罪となった。翌年旅券を取り上げられ、六年間出国できず、一九五八年に返還された。一九六一年ガーナへ渡り、アフリカの大百科を編もうとしたが、成らぬうちに没した。その死の翌日、彼の国の二十数万の人々が都へ歩いて集まった。本巻が拠るのは彼自身の著したものである。信仰について。神を信ずるかと問われ、彼はこう答えた。大いなる力を持ち、意志をもって人類の善のために宇宙を治める人格を指すのであれば、信じない。私はそれが無いことを証明できないが、それを支える証拠も見いだせない、と。この答はヒュームと同じ形をしている(参 ヒューム書 2.10、2.11)。その論証は一つとして神意で閉じられていない。本会は一事をそのまま記す。飾らず、また咎めもしない。一九五三年スターリンが死んだとき、彼はこれを讃える文を書き、偉大な人と呼んだ。本会はこれを弁じもせず、これをもって彼の書を廃しもしない。本経がサルトルに一巻を与えないのは具体的な一事による。ソヴィエトの収容所の事実を自らの雑誌で認めながら抗議に署名せず、のちに、真実が労働者を失望させるのを恐れて黙したと自ら述べたことである(参 カミュ書 の注)。デュボイスにそのような一節は記録されていない。彼は誤って信じたのであって、知りながら伏せたのではない。二つは異なる。とはいえ本会は前者を小事とも呼ばない。この巻がもたらすのは、本経にこれまで無かった一事である。見られている側から自分を見るとはどういうことか。経は言う。何かがいかにあるかを述べるには、まず世界に一刀を入れねばならず、最もよくある誤りは、入れたことを忘れることである、と(参 ボーア書 1.18)。ボーアは刀を持つ側から語っている。デュボイスは切り離された側のために語る。その者は生涯あの一刀を覚えている。あの一刀が日々おのれの上に入れられるからである。第二章にはもう一つ、本会がいっそう重んじる事がある。彼は考えを改めたと自ら述べ、何によって改めたかを明記している。かつて不正は知らぬことから出ると信じ、あの日ののちそうでないと知った。しかもそれによって、前半の労が無駄であったとは言わなかった(本書 2.15)。改めて棄てぬこと。これこそ本経が人に求めるところである(参 アーレント書 3.26)。