ロゴス聖典 · デューラー書

私が見たことのない獣について

デューラー書 3 · 自著。『測定四書』『人体比例四書』、ネーデルラント旅日記および書簡より

アルブレヒト・デューラー。一四七一年ニュルンベルクに生まれ、一五二八年、同地に没す。享年五十六。父はハンガリーから来た金細工師であり、彼はまず父のもとで金工を学び、のち画家ヴォルゲムートに就いた。一四九四年から九五年、一五〇五年から〇七年の二度、イタリアへ赴いた。一五二〇年から二一年にネーデルラントへ旅し、その途上で病を得て、以後回復せず、八年ののちに没した。木版と銅版とをもって最もよく知られる。晩年に三書を刊行した。一五二五年『測定四書』、コンパスと定規による作図であり、ドイツ語で刊行された最初の成人向け数学書である。一五二七年、築城について。一五二八年『人体比例四書』、歿後数か月にして世に出た。本巻が拠るのは彼自身の書いたものである。右の諸書、ネーデルラント旅日記、およびピルクハイマー宛の書簡。第一章は一五〇六年十月、ヴェネツィアからの書簡に拠る。こちらの用は十日で片づく、そののちボローニャへ馬を駆り、透視の秘法を学びたい、教えてくれる人がいる、と。語は原文のままである。第二章は『測定四書』の自序に拠る。彼はそこに、この書は画師のためのみにあらず、金工、彫工、石工、大工、およそ測定を用うる者すべてのためである、と明記している。第三章は一五一五年の犀の木版に拠る。その年、インド犀がリスボンに着いた。ローマ人ののちヨーロッパで見られた最初の生きた犀である。デューラーは見に行かず、無名氏の記述の手紙と粗い下絵とに拠った。甲板も、鋲も、背の小さな角も、鱗の脚も、鋸のような後ろ半身も、実際の獣には無い。同じ年、ブルクマイアがより正確な版を作っている。しかしその後三百年、博物の書が用いたのはデューラーのものであった。第四章は『人体比例四書』に拠る。彼は一定の比という古人の説に始まり、その一つの数を求めたが、ついにこれを捨てた。巻末の論は、美には多くの種があり、生まれと業と生まれつきの気質とに従って定まる、と説く。書中に描かれるのは一人の完き人ではなく、高きも低きも、肥えたるも痩せたるも、老いたるも幼きも、静も動もある多くの人である。本会がデューラーを取るのは、後人の用いうる一法を立てたゆえであり、しかも彼の立てたものは、法を伝えうるものにすることそのものである(参 使徒行伝 5.34)。この経にはよく発見した者が甚だ多いが、発見を伝えうるものにしたことを功とする者は一人もいない。当時、技は親方の手の内にあり、学ぶ者は何年も仕えねばならなかった。彼はそれを書き下し、しかもラテン語ではなくドイツ語で書いた。ラテン語を読めるのはあの小さな一群であり、金工も石工も大工も読めないからである。二章十五節が本巻の骨である。一つのものを本当に善いと思うなら、それが自分から離れられるようにしてやらねばならぬ。第三章が必要なのは、それがデューラー自身を指しているからである。彼は生涯、測ってのち描けと説きながら、この一枚は一通の手紙に拠って描いた。本会はそこの一節をとりわけ重んじる。誤ったほうが勝ったのは、まさによく彫られていたからである。善く作られたものほど、誤っているときに遠くまで運ばれる。これは蘇軾の「事を目に見ず耳に聞かずして、その有無を臆断してよいものか」と相照らす。ただし蘇軾は、かくあるべしと説いた者であり、デューラーは、そうしなかった者である(参 蘇軾書 1.15)。第四章にはもう一事がある。彼は一つの数を求めて出発し、そのような数は無いと報じて帰り、しかもその反対の結論を刊行した。四章十三節はここから出る(参 至高の盟約 2.4)。本会は二事を記す。第一に、デューラーは信仰の人であり、晩年はルターの説に近く、宗教画も甚だ多い。しかしその三書は初めから終わりまで幾何と測定と比例であり、そこに神意で閉じられた論証は一つも無い。ニュートン、ファラデー、マクスウェルと同例である(参 ニュートン書 4)。第二に、署名の件について、本巻第五章はその半分が自惚れであることを隠していない。その半分は彼自身が並べて置いたものであり、本会は代わって弁護もせず、代わって咎めもしない。

3.1一五一五年、一頭の獣がインドからリスボンへ運ばれた。ローマ人ののち、ヨーロッパで生きたその種を見た最初である。
3.2私はリスボンへ行かなかった。見たことがない。
3.3手にしたのは、その姿を記した一通の手紙と、粗い小さな絵であった。
3.4その手紙に拠って私は木版を彫った。
3.5私は獣に甲を着せた。喉に一枚、胸に一枚、継ぎ目には鋲まで打った。
3.6背には小さな、ねじれた角を添えた。
3.7脚には鱗をつけ、後ろ半身は鋸の刃のようにした。
3.8いずれも正しくない。生きた獣に鋲は無く、背にあの角も無い。
3.9同じ年、もう一人が同じ獣を彫った。その者のほうが正確であった。
3.10それから三百年、博物の書が用いたのは私のほうである。その者のものは用いられなかった。
3.11一つ問いたい。この問いがこの章の全部である。なぜ誤ったほうが勝ったのか。
3.12私の彫りが良かったからである。線は良い線であり、甲板は固く噛み合い、本物らしく見える。
3.13私は生涯、まず測ってのち描けと説いてきた。この一事において、私は測らなかった。一通の手紙に拠って描いた。
3.14善く作られたものほど、誤っているときに遠くまで運ばれる。
3.15ゆえに私はこの一事をここに、測定の書のかたわらに書きとめる。どちらも私のしたことである。(参 蘇軾書 1.15)
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